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院長コラム

2010-07-15

村上春樹について(3)

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小説1Q84は、その販売の前宣伝が鳴り物入りで、読者にたいして挑発的であった。

ここは見世物の世界It’saBarnumandBaileyworld,

何から何までつくりものJustasphonyasitbe,

でも私を信じてくれたならButitwouldn’tbemake‐believe

すべてが本物になるIfyoubelievedinme.

“It’sOnlyaPaperMoon”

小説の扉の引用文である。

小説は全て作り物であり、書き手の意図とは関係なく、その評価はすべて読者のサイドにある。私はこのやり方は、処女作「風の声を聴け」の冒頭文である「完璧な文章などといったものは存在しない。」に対しても違和感を覚えた。「スプートニクの恋人」の扉にロシアのスプートニク衛星の引用も気になった。

村上春樹は、読者へのサービス精神が大きいのか、自分の作品について語ることの好きな作家に入ると思う。しかし小説を完結した後に強迫観念が沸き起こってくるのではないかと考えたい。完璧な文章で書き終えた途端に、本当にそうか確認させるものが・・・スプートニクを知らない読者が誤解すのでは・・・・1Q84の真のメッセージが伝わっているか・・・・強迫的な心性が無意識のうちに沸きあがり、蛇足のように、小説の最初に書いてしまうのではないか。とすると2009年5月、第一巻の発刊時に、1Q84は既に完結していると推測できる。

1Q84の第一巻は、(以下『・・・』内は本文引用)『青豆は砧の近くでタクシーを拾い、用賀から首都高速道路三号線に乗った。最初のうち車の流れはスムーズだった。しかし三軒茶屋の手前から急に渋滞が始まり、やがてほとんどぴくりとも動かなくなった。下り線は順調に流れているのに。上り線だけが悲劇的に渋滞している。午後の三時過ぎは通常であれば、三号線の上りが渋滞する時間帯ではない。だからこそ青豆は運転手に、首都高速に乗ってくれと指示したのだ。(19頁)』この文章は、1984年の東京の現実を正確に描写している。

もう一人の主人公である天吾は、教師である。『天吾の最初の記憶は、一歳半のときのものだ。彼の母親はブラウスを脱ぎ、白いスリップの肩紐をはずし、父親でない男に乳首を吸わせていた。ベビーベッドには一人の赤ん坊がいて、それはおそらく天吾だった。彼は自分を第三者として眺めているのだ(30頁)』この表現は、天吾が生みの両親を知らない青年であることを暗示するが、精神科医から見ると奇異でありリアリティを感じさせない村上春樹らしからぬ唯一の作文である。

月が二つ見える世界は、『1Q84年—-私はこの新しい世界をそのように呼ぶことにしよう。青豆はそう決めた。QはquestionmarkのQだ。疑問を背負ったもの。(202頁)』

青豆が東京の首都高3号線から月が二つ見える世界に入る。不思議なことだが、四角い落陽や幻日のような自然現象があり、宇宙飛行士は白い月と青い地球を見ているから、白い月と青い月が二つ見えても特に奇異には思えない。

その世界では、オウム真理教とその教祖浅原彰晃を思わせる宗教団体「さきがけ」とリーダーがいる(現に、1984年に浅原はオウム真理教の前身をたちあげている)。青豆は、家庭内暴力で自殺した娘と同じように苦しむ女性の為に、私設のセーフハウス運営している老婦人からリーダーの殺害を依頼されて受ける。その殺害の理由は、教団内で起きているリーダーによる少女暴行事件である。

青豆は、両親が熱心な宗教信者であったが、成人になり宗教を否定して、フィットネスのインストラクターとなった。裏家業として必殺仕事人・殺し屋をしている。

天吾は、その教団のいた少女の一人から、空気さなぎがリトル・ピープルを生み出す話を聞いて、小説にする。その小説はベストセラーになる。

小学三年生のときに、青豆が転校して以来、青豆と天吾は、まったく再会することなく別々の人生を歩んでいる。各章ごとに青豆の話と天吾の話が縦糸と横糸のように紡ぎだされていく展開である。「さきがけ」の悪行は、神秘性を帯びていき、善悪を超えた宗教性に衝突して行く展開となる。

第2巻は、『ホテル・オークラ本館のロビーは広々として天井が高く、ほの暗く、巨大で上品な洞窟を思わせた。ソファに腰をおろし何ごとかを語り合う人々との声は、臓腑を抜かれた生き物のため息のようにうつろに響いた。カーペットは厚く柔らかく、極北の島の太古の苔を思わせた。それは人々の足音を、蓄積された時間の中に吸収していった。ロビーを行き来する男女は、何かしらの呪いで大昔からそこに縛りつけられ、与えられた役割をきりなく繰り返している一群の幽霊のように見えた。鎧をまとうように、隙のないビジネス・スーツに身を包んだ男たち。どこかの広間で催されるセレモニーのためにシックな黒いドレスを着込んだ若い細身の娘たち、彼女たちの身につけた小ぶりではあるけれど高価なアクセサリーは、血を求める吸血鳥よろしく、反射のための微かな光を希求している。盛りを過ぎた老王と妃のように、片隅の玉座で疲れた身を休めている大柄な外国人の老夫婦。(143頁)』青豆が老婦人の指令を実行するために、リーダーの宿泊しているホテル・オークラに行く。このホテルの描写は、1984年の時代を伝える効果を発揮している。そしてこのホテルに宿泊しているのは、リーダーが社会的に第一級の評価を受けている人物であることを読者に伝えてもいる。

『男は言った。「この1Q84年において今のところ、君たち二人を同時に助けることはできそうにない。選択肢は二つ。ひとつはおそらくは君が死に、天吾くんが生き残る。もうひとつはおそらくは彼が死に、君が生き残る。そのどちらかだ。心愉しい選択肢ではないと、最初に断ったはずだよ」(287頁)』

『「仕事を片付けてしまいましょう」と青豆は穏やかに言った。「私はこの世界からあなたを排除しなくてはならない」・・・・

「あなた(リーダー)はおそらくとても優秀な人なのでしょう。あなたを殺さなくても済む世界がきっとあったはずなのに」

「その世界はもうない」と男は言った。それが彼の口にした最後の言葉になった。

その世界はもうない。

青豆は尖った針先を、首筋の微妙なポイントに当てた。(291~2頁))』

『テレビの朝7時のニュースでは、赤坂見附駅構内の浸水は大きく報じられていたが、ホテル・オークラのスイートルームにおける「さきがけ」のリーダーの死についての言及はなかった。(358頁)』

第3巻は、リーダーの死後、青豆は、老婦人が用意した公園の見えるアパートに隠れ住む。

『ほとんどの時間、夜の公園には人の姿はない。一匹の猫さえ通りかからない。水銀灯の無個性な光りが、ブランコや滑り台や砂場や鍵のかかった公衆便所を照らしているだけだ。・・・・・

まるで核戦争のあとの世界を描いたあの映画みたいだ。なんというタイトルだっけ?

「渚にて」だ。(35~6頁)』

2ヶ月後、青豆は、廃墟と化した世界で、あたかも受胎告知のように自分が受胎した手応えを確信する。

『「それで、もし受胎がおこなわれたと仮定して、何時頃だと思いますか?」

「たぶんあの夜です。私がホテル・オークラに出向いた、嵐のような夜」(160頁)』

一方、天吾は、自分の本当の父親でないと思った父親が、遺品に実父であることを残さず、最後まで母のことを語らないで沈黙したまま死んだのを見届ける。

そしてようやく静かに、青豆と天吾が再会をし、月がひとつの1984年の世界に帰る。

『それは天吾には信じがたいことに思えた。この動きの激しい迷宮にも似た世界にあって、二十年のあいだ一度も顔を合わせることもなく、人と人の心がー少年と少女の心がー変わることなくひとつに結び合わされてきたということが。(542頁)』

終わりは『彼女は空中にそっと手を差し出す。天吾はその手を取る。二人は並んでそこに立ち、お互いをひとつに結び合わせながら、ビルのすぐ上に浮かんだ月を言葉もなく見つめている。それが昇ったばかりの新しい太陽に照らされて、夜の深い輝きを急速に失い、空にかかったただの灰色の切り抜きに変わってしまうまで。(602頁)』である。

小説1Q84がこのままで終わるとは誰もが思えないのではないか。阪神淡路大震災、オウム真理教のテロ事件後、2001・9・11ニューヨークでのツインタワーのテロ事件が起きた。2009年世界の新しい再生シンボルに見えたドヴァイ・タワーの完成する目前にリーマンショックの国際金融危機が起きた。2009年、日本でも政権交代が起きた。そんな現在に、村上春樹は、1Q84で、何を物語ろうとしているのか。

人は、誰でも生を選べないし死も避けられない。この一回性の人生で得たささやかなもの例えば、自分の小さな思いや小さな願いが誰かに受け継がれていくことを信じたい、確信したいという困難な問題に対して、答えを出そうとしているのではないか?その答えは第4巻にあると思いたい。

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