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院長コラム

2019-08-28

院⻑メッセージ(39)森田療法あるがままに(2) 和をもって貴しと為す

日本はどのように外来思想を受け入れたか?

飛鳥時代から、老子、荘子から始まる老荘思想の影響を受けた。上善は水の如し(上善如水)つまり柔らかくしなやかな水は、環境に合わせて自分の形を変え、争うことがありません。また、生き物に多くの恵みを与え、最後には最も低い位置に落ち着きます(謙虚な姿勢)。しかも時には岩のように頑丈で重いものを動かす力も秘めている。

従って老荘思想の最も大事な点は、時や場所を選ばないで、人にも縛られず、何事にもとらわれない、人と競わない自由自在の境地に遊ぶことを最良のこととした。

しかし日本人の大多数の人々は、老荘思想が、ややもすれば個別的な人間結合組織(家族、地域社会、会社)から遁(のが)れ出て、山林にこもって、おのれ一人、静安なる生活を求めるという隠遁(いんとん)主義に傾くと考えた。そして儒教を選びとった。

儒教は孔子・孟子の教えであるが、人間世界に則しての行動の仕方を規定しているのであるから、いまを如何に暮らすかという現世的教説である。大多数の人々にとって、儒教の移入になんらの摩擦が生じなかった。

善とは(人の行うべき道徳上の筋道)を守ること、社会的な立派な行いや仕事をすることを言う。仏教では、善とは戒律(かいりつ)を指し、その反対語は「煩悩(ぼんのう)」である。現在では、一日一善とか善は急げ、真善美、あの人は善人である、改善する、善処する…と今でも、私たちは、日頃使っている。
また、仏教の受け入れに対しては、仏教には、結婚をしてはいけない、肉食はいけない、托鉢(たくはつ)をして修行をするなど、厳しい戒律(モラルや善行)があり、戒律の厳しい仏教を小乗(しょうじょう)仏教と呼び、日本においては、世俗的生活のうちにおいて絶対の真理を体得すべきことを教える大乗(だいじょう)仏教を選びとった。

「日本は大乗(だいじょう)仏教の行われる国である」と大乗(だいじょう)仏教の理論づけをした人こそ、聖徳(しょうとく)太子(厩(うまや)戸(どの)皇子(おうじ))と言われる。
聖徳太子は、世俗生活のまま(出家せずに)、仏の教えに帰依し、いっさいの修生が救われると考えた。従って、太子は終生在俗信者であった。苦しみの中にいる全ての者を救いたいという気持ちを持つことを前提としている仏教を選んだ。まさに、当時の倭国(日本)での有力豪族による政治で、民衆が飢えに苦しんでいる姿とこの大乗(だいじょう)仏教の教えが重なったとも言えるでしょう。
更に17条憲法の第1条に、孔子の「和を以て貴しと為す」の言葉を入れたように、儒教の『人の和』を最も大切にした人でもあった。
聖徳太子は仏教、儒教、神道をバランスよく政治に取り入れたと言われている。

弘法大師(空海)は、804年遣唐使船に留学僧として、最澄らと乗船して、暴風雨にあいながらも九死に一生を得て入唐(にっとう)した。密教の第七祖・恵果(けいか)和尚より唐の長安青(せい)龍(りゅう)寺にて密教の伝授を受けた。恵果和尚が入寂(にゅうじゃく)(死亡)すると、空海が「真言密教」の第八祖を継いた。しかし唐の人々に惜しまれながら、806年に日本へ帰国した。平安時代の政治思想に強い影響を与えたと言われている。

『色は匂へど 散りぬるを わが世誰ぞ 常ならむ 有為の奥山 今日超えて あさき夢見じ酔いもせず』
この「いろは」歌は、あさき夢見じ、酔いもせずと『悟りを開いても満足せず、はかない夢も見ないで、遊びや酒宴に浮かれずに、常に目を開き、前向きに毎日生活をしていく』という宗旨をまとめたものと言われている。弘法大師は「即身成仏」として、厳しい修行を一身に背負い、今でも高野山の金剛峯寺奥の院に生き仏として伝承されている。

江戸時代から今につながる明治維新の転換期に、尊王攘夷のリーダーであった吉田松陰は、儒教を説いた時に、孔子を入れたが、孟子の思想は受け入れなかった。儒教を学びながら、「民を尊しとなし、社稷(しゃしょく=古代中国で、天子や諸侯が祭った土地の神社)と五穀の神(稷)これに次ぎ、君を軽しとなす(孟子:尽心篇下、第14章)」即ち孟子の「天下は一人の天下に非ず=民が国主より尊い」という主旨を「天下は一人=天皇の天下なり」と解釈し、孟子の主旨を退けた。
しかし、小林秀雄によるとこの吉田松蔭の解釈は、儒教を正しく伝えていないという。江戸時代から明治になるときの特殊な時代背景つまり、尊王攘夷(江戸幕府を倒して、外国から守る)があり本来の儒教ではないと言っている。

むしろ江戸時代の国学の伊藤仁斎(「中庸発揮」)を評価しながら、孔子の豪(えら)さは、人倫日用の道(日々の生活のあり方)を離れて何ひとつ説かなかったところにあった。孔子の言う中庸とは、至福には違いないが、日常生活上の認識と行動とに関する智慧(ちえ)として、彼はこの言葉を使用したに違いないのである。
更に、「不足でもなく、余分のところもなく、丁度適当にバランスよく行動できるということは、大切なことだが、それを出来る人も少ない」「出来上がった知をもらうことが、学ぶことではないし、出来上がった知を与えることが教えることでもなかろう。質問する意志が、疑う意志が第一なのだ。」ということになる。
…一方で、明治維新の時にアメリカに渡った福沢諭吉を評価した。福沢諭吉は、アメリカの独立宣言の有名な「All men are created equal」を学問のすすめの冒頭で「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」と訳したと言われている。そして学問のすすめでEducation教育とは、人の潜在能力を引き出すという理念をもたらした。学ぶことによって人は人倫日用の智慧を持ち、立派な人間に誰でもなれると説いた。
このような「儒教」精神は、福沢諭吉の人の自由、平等、独立の実学と対立せず、明治,大正、昭和、平成、令和まで多くの人々に受け入れられていると言えるのではないだろうか。

しかし、臨床精神医学的には孟子の話の方が分かりやすい気がする。
例えば、子共の教育を考えるのに、心がけてもいい話に、孟母(もうぼ)三遷(さんせん)の教えがある。

孟子の母は、はじめ墓場のそばに住んでいたが、孟子が葬式のまねばかりしているので、市場近くに転居した。ところが今度は孟子が商人の駆け引きをまねるので、学校のそばに転居した。すると礼儀作法をまねるようになったので、これこそ教育に最適の場所だとして定住したという故事である。教育には環境と学ぶ(真似する)人が大切であるという教え。また、教育熱心な母親のたとえである。
出典:デジタル大辞泉(小学館)「古烈女伝」。
例えば、親子関係を考えるのに、心がけていい話もある。

孟子の弟子が、孟子に、自分の子を教育しないのはなぜかと問うたものがある。

孟子曰「古(いにしへ)は子を易(か)へて之を敎ふ。」善をせまれば、親の善なきを怒る。父子の閒(あいだ)は善を責めず。善を責むれば則ち離る。離るれば則ち、不祥(ふしょう)焉(これ)より大なるは莫。

要するに、親が自分の子を育てるのは難しい。親が子に立派なことを教育しても、親が常に立派なおこないをしているとは限らない。親子の意見が異なり、心まで対立をしてしまいがちである。その結果、親子の心が修正できなくなることは、木の根と幹が離れることに等しい。子供の教育は、親以外の大人に易(替えて)教育の機会を持たせるのが良いのである。

例えば、子供の成長には、心がけておきたい話もある。

善を責むるは朋友(ほうゆう)の道なり(立派な行いや仕事を行うように強くすすめるのは友としての道である。)子供が立派な行いを身につけるには、良き友と出逢うのを待つしかない。

現在は、情報技術革新の進展が早く、三年経つとその技術は、時代遅れになると言われている。他方日常生活で生きている老舗とは、商店で、師に似せる、延々と何代にも渡って、同じものを作り続けて、一定の品質を保ち、信用され続けることを最高の誇りとしている店である。大量生産で安くより良いモノを売ろうとする日本だけでなく、外国のネットショップも普及している。老舗とインターネットによる店との共存する時代である。そんな時代でも、儒教の言葉を知っていて、悪くないような気がする。

孔子、四を絶つ。意なく、必なく、固なく、我なし(孔子は、四つの心を持たないようにした。)
その四つとは、
一.意:(主観的な)私意を通すこと、独断
一.必:無理押し、無理強い
一.固:固執、執着(かたくて融通がきかない。かたくな)
一.我:我欲を張り通す、我がつよい(ひとりよがり。自分勝手の考え。わがまま)

中村元著 日本人の思惟方法 2012年春秋社刊
小林秀雄著 文学・芸術論集 昭和45年白凰社刊
新釈漢文大系4『孟子』内野熊一郎著 明治書院刊
金谷 治翻訳 大学・中庸 岩波文庫 1998年刊
学問のすゝめ (岩波文庫) 文庫 – 1978/1/1刊

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