理事長メッセージ
理事長メッセージ(55)夢見る、眠る、目覚める(4)果報は寝て待て
2023-05-23
『人は、夢を見ない深い眠りから入る。深い眠りは、脳活動を休み、寝返りなど体は、動くことができる。この深い眠りから入るのは、弱肉強食の自然界では眠ってすぐに、体が動かなくなくなると他の動物の餌食になりやすい。そのために、人は深い眠りから入るようになった。夢を見ない深い眠りは、一時間ほど続く。その後に浅い眠りに移行する。その時に夢を見る。夢見る時間はほぼ30分と言われている。その時は体を動かさない。夜から朝まで、夢を見ない睡眠と夢を見る睡眠の90分ほどのリズムが4〜5回繰り返される。』
1953年、眼球運動を伴う睡眠とその随伴現象が発見された。それからほぼ半世紀経って、上田泰巳東大大学院医系研究科教授はこのような睡眠の状態が人の進化によることを遺伝子レベルで解明した。
眼球運動を伴う睡眠は、REM(Rapid Eye Movement)レム睡眠という。夢見睡眠とも言われる。視覚野が活性化しているので、(目は脳の一部である)夢を見る。従って大脳の活動を検査する脳波では、覚醒時に見られるアルファ波を認める。精神活動をしている。逆に身体は動かず、身体の睡眠とも言われる。
眼球の動かない睡眠は、NREM(ノンレム)睡眠という。視覚野の活動がないから(目は脳の一部である)夢を見ない。大脳の活動を検査する脳波では、大脳活動の低下を示す徐派が多い。精神活動は休み、寝返りなど身体が動く。
どうしてノンレム睡眠とレム睡眠の二つがあるのだろうかという疑問に対して、身体の疲労やストレスの回復に関係していると考えられている。
山中章弘名古屋大学環境医学研究所教授、松田英子東洋大学社会学部社会心理学科教授小川景子広島大学大学院総合学科研究科准教授らの脳科学研究者たちによると、
レム睡眠の多い眠りの時に、脳の中にある海馬―側頭葉―大脳皮質などの記憶回路が自動的に、記憶の重要性を判断して、良くない記憶を消したりする。重要なものを強化する。
夢を見ることは、夢の内容が基本的に脳に蓄積されたものなので、記憶情報を再生することになる。従って、感情を浄化して、五感の情報量をコントロールするかもしれない。
ノンレム睡眠の多い眠りの時に、脳の休みに入る。この時に、海馬―側頭葉―大脳皮質の記憶回路で脳神経細胞と脳神経細胞を結びつける繊維であるシナップスが新しく作られる。脳機能の修復をする。睡眠時に、成長ホルモンを中心としたいろいろなホルモンが分泌され、免疫機能が活性化して、いわゆる自然治癒力も強くなる。したがって、心身の回復が進む。
上田泰巳先生は、「ノンレム眠眠とレム睡眠とが交互に起こることは、人の高度な知性を産んだ。このような機能は、人にのみあって、他の動物には認められていない。夢は心の病気をうつすかもしれない。と言われていて、将来可視化出来るかもしれない」と予見さえしている。
フロイトは、精神分析療法の中で、次のように述べている。「健康人の夢と神経症の夢との同一性という事実から、健康ということの特性について、以上のようなことを推論をしても差し支えないでしょうが、夢そのものに対してはさらに広く次のように結論できます。
すなわち神経症の者のばあい、夢をその神経症の症状への関係から切り離してはならないこと、思想を太古的な表現形式に翻訳することで夢の本質のすべてがつくされると信じてはならないこと、夢はわれわれにリビドーのありのままの処理の仕方と対象充当の有様を表していると仮定せざるをえないということがそれです。・・・・・・」
近年の脳科学の進歩を考えると、フロイトの夢の分析もエルヴェ・ド・サン・ドニ侯爵の夢の操縦法も、レム睡眠に生じる夢を見ることを考え尽くしたものであることが分かる。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
日本には、昔から『果報は寝て待て』と言うことばがある。私も子供の頃、おふくろに、困難な課題や難しい局面に立ち往生すると果報は寝て待てと注意されたものである。
また、夢うつつという言葉もある。
私は、小学3年生の時に肺炎で死に損ねたことがある。数日、高熱が続きとにかく汗をかいたという記憶しかない。ぼんやりした中で、突然、目の前に、白でもなく黒でもなく、銀色のすり鉢状のものが現れて、小さな先端の穴から光が見えた瞬間、そこに急速にすいこまれた。そして周囲のざわめきに気づいた。私は、肺炎が治ったのを知った。しかし死ぬという意識は、まったくなかったように思う。
今でも、夢見る、眠る、目覚めると言うことは、やはり不思議なところが残ると思う。
最近、ふっと、昔読んだ井上靖作の孔子(こうし)を読み返してみたくなる。なんとなく読みたくなると本を手にする。例えば、【毎夜、夕食後、子(し)をまん中にして、自由に雑談する時間がありました。初めは子路(しろ)、顔回(がんかい)、子貢(しこう)、それに私も入れて貰って、内輪だけの団欒でしたが・・・・・・この席で、子路(しろ)がいかにして、鬼神つまり死者の霊に仕えるかという問題を取り上げたことがありました。すると子(し)は、生きている人間にさえ、満足に仕えることができないのに、どうして死者の霊に仕えられよう、と仰言いました。すると子路が、では一体、死とはどういうものであろうかと尋ねられます。すると子(し)は、まだ生を知らず、焉(いずく)んぞ死を知らん。こうお答えになる。まあーこういった調子でございます・・・・・・・・】
すこし読み、また本棚に戻す。そしてまた手に取る。この小説も、私にとっては、不思議な本になっている。
Eugene Aserinsky、Nathaniel Kleitman、
Regularly Occurring Periods of Eye Motility、and Concomitant Phenomena、DuringSleep、Science、118:273-274(1953)
Reprinted byThe Journal of Neuropsychiatry and clinical Neurosciences(2003)
フロイト著作集第一巻人文書院1971年9月20日初版発行
夢の操縦法 エルヴェ•ド•サン・ドニ侯爵著 立木鷹志訳 図書刊行会2012年3月22日刊
孔子 井上靖著 新潮社 平成元年9月10日発行
レム睡眠の多い眠りの時に、脳の中にある海馬―側頭葉―大脳皮質などの記憶回路が自動的に、記憶の重要性を判断して、良くない記憶を消したりする。重要なものを強化する。
夢を見ることは、夢の内容が基本的に脳に蓄積されたものなので、記憶情報を再生することになる。従って、感情を浄化して、五感の情報量をコントロールするかもしれない。
ノンレム睡眠の多い眠りの時に、脳の休みに入る。この時に、海馬―側頭葉―大脳皮質の記憶回路で脳神経細胞と脳神経細胞を結びつける繊維であるシナップスが新しく作られる。脳機能の修復をする。睡眠時に、成長ホルモンを中心としたいろいろなホルモンが分泌され、免疫機能が活性化して、いわゆる自然治癒力も強くなる。したがって、心身の回復が進む。
上田泰巳先生は、「ノンレム眠眠とレム睡眠とが交互に起こることは、人の高度な知性を産んだ。このような機能は、人にのみあって、他の動物には認められていない。夢は心の病気をうつすかもしれない。と言われていて、将来可視化出来るかもしれない」と予見さえしている。
フロイトは、精神分析療法の中で、次のように述べている。「健康人の夢と神経症の夢との同一性という事実から、健康ということの特性について、以上のようなことを推論をしても差し支えないでしょうが、夢そのものに対してはさらに広く次のように結論できます。
すなわち神経症の者のばあい、夢をその神経症の症状への関係から切り離してはならないこと、思想を太古的な表現形式に翻訳することで夢の本質のすべてがつくされると信じてはならないこと、夢はわれわれにリビドーのありのままの処理の仕方と対象充当の有様を表していると仮定せざるをえないということがそれです。・・・・・・」
近年の脳科学の進歩を考えると、フロイトの夢の分析もエルヴェ・ド・サン・ドニ侯爵の夢の操縦法も、レム睡眠に生じる夢を見ることを考え尽くしたものであることが分かる。
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日本には、昔から『果報は寝て待て』と言うことばがある。私も子供の頃、おふくろに、困難な課題や難しい局面に立ち往生すると果報は寝て待てと注意されたものである。
また、夢うつつという言葉もある。
私は、小学3年生の時に肺炎で死に損ねたことがある。数日、高熱が続きとにかく汗をかいたという記憶しかない。ぼんやりした中で、突然、目の前に、白でもなく黒でもなく、銀色のすり鉢状のものが現れて、小さな先端の穴から光が見えた瞬間、そこに急速にすいこまれた。そして周囲のざわめきに気づいた。私は、肺炎が治ったのを知った。しかし死ぬという意識は、まったくなかったように思う。
今でも、夢見る、眠る、目覚めると言うことは、やはり不思議なところが残ると思う。
最近、ふっと、昔読んだ井上靖作の孔子(こうし)を読み返してみたくなる。なんとなく読みたくなると本を手にする。例えば、【毎夜、夕食後、子(し)をまん中にして、自由に雑談する時間がありました。初めは子路(しろ)、顔回(がんかい)、子貢(しこう)、それに私も入れて貰って、内輪だけの団欒でしたが・・・・・・この席で、子路(しろ)がいかにして、鬼神つまり死者の霊に仕えるかという問題を取り上げたことがありました。すると子(し)は、生きている人間にさえ、満足に仕えることができないのに、どうして死者の霊に仕えられよう、と仰言いました。すると子路が、では一体、死とはどういうものであろうかと尋ねられます。すると子(し)は、まだ生を知らず、焉(いずく)んぞ死を知らん。こうお答えになる。まあーこういった調子でございます・・・・・・・・】
すこし読み、また本棚に戻す。そしてまた手に取る。この小説も、私にとっては、不思議な本になっている。
Eugene Aserinsky、Nathaniel Kleitman、
Regularly Occurring Periods of Eye Motility、and Concomitant Phenomena、DuringSleep、Science、118:273-274(1953)
Reprinted byThe Journal of Neuropsychiatry and clinical Neurosciences(2003)
フロイト著作集第一巻人文書院1971年9月20日初版発行
夢の操縦法 エルヴェ•ド•サン・ドニ侯爵著 立木鷹志訳 図書刊行会2012年3月22日刊
孔子 井上靖著 新潮社 平成元年9月10日発行